加圧トレーニングに関する特許について、新規性なし・公序良俗違反・記載要件違反なしとの審決が維持されました(知財高裁2部)。
原告は,1)本件発明が本来的に治療行為,美容行為等を含んだ筋力トレーニング
であること,2)本件発明が自然法則それ自体に特許を認めていること,から,本件
発明は,社会的妥当性を欠くので特許法32条に反すると主張する。
しかしながら,前記1(1)に認定のとおり,本件発明は,特定的に増強しようとす
る目的の筋肉部位への血行を緊締具を用いて適度に阻害してやることにより,疲労
を効率的に発生させて,目的筋肉をより特定的に増強できるとともに,関節や筋肉
の損傷がより少なくて済み,更にトレーニング期間を短縮できるようにしたもので
ある。
そうすると,本件発明は一義的に人体に重大な危険を及ぼすものではない上,本
件発明を治療方法等にも用いる場合においては,所要の行政取締法規等で対応すべ
きであり,そのことを理由に,本件発明が特許を受けることが許されなくなるわけ
ではない。また,特許を取得しても,当該特許を治療行為等の所要の公的資格を有
する行為において利用する場合には,当該資格を有しなければ当該行為を行うこと
ができないことは,当然である。したがって,本件発明に特許を認めること自体が
社会的妥当性を欠くものとして,特許法32条に反するものとはいえない(なお,
産業上の利用可能性の有無については,前件審判・前件判決で既に取消事由とされたものであり,本件は,専ら,特許法32条該当性のみを審理するものである。)。
また,本件発明は,「筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位
に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ」ることにより,「筋肉に与える負荷が,
筋肉に流れる血流を止めることなく阻害する」ものであるから,自然法則を利用し
たものであるが,人体の生理現象そのもののような自然法則それ自体を発明の対象
とするものではない。そもそも,特許権は,業として発明を実施する権利を専有す
るものであり(特許法68条),業として行わなければ,本件発明の筋力トレーニン
グ方法は誰でも自由になし得るのであり,本件特許はそれを制限するものではない。
そうすると,原告の上記主張は,いずれも採用することができず,本件発明は,
公の秩序,善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明とすることはでき
ない。
したがって,取消事由4は,理由がない。
6 取消事由5(無効理由5−2に関する判断の誤り)について
(1) 検討
旧特許法36条5項2号は,特許請求の範囲の記載について,「特許を受けようと
する発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること」との要件に適合するものでなければならないと規定して
いた。これは,発明の構成に欠くことができない事項(必須要件)を全て記載することを求めるとともに,必須要件でないものを記載しないことを求めることにより,
請求項の構成要件的機能を担保したものであり,特許請求の範囲には,必要かつ十分な構成要件を記載することを求めたものといえる。前記1(1)のとおり,本件発明1の技術的意義は,筋力トレーニング方法において,
筋肉に与える負荷が,筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するものとすること,
すなわち,目的の筋肉部位への血行を緊締具により継続的に適度に阻害することに
より,疲労を効率的に発生させることにある。このような技術的意義にかんがみれ
ば,特許請求の範囲に,「筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部
位に巻付け,その緊締具の周の長さを減少させ」ることにより,「筋肉に疲労を生じ
させるために筋肉に与える負荷が,筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するも
のである」ことが記載されていれば,本件発明の技術的課題を解決するために必要
かつ十分な解決手段が記載されているというべきである。
(2) 原告の主張について
1) 原告は,本件発明1の課題・効果を得るためには,所要の加圧条件を特許請
求の範囲に記載する必要があると主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,本件発明の課題解決手段は,本件発明1の記載
で明らかとされている一方,筋肉増大の程度は,トレーニングの態様,対象者,対
象部位等に応じて異なり,一義的に決まるものではないから,所要の加圧条件を特
許請求の範囲に記載しないことが,必須要件を記載していないことになるとまでは
いえない。
2) 原告は,本件発明1が,筋肉への血流を止めることなく阻害し,これによっ
て筋肉に疲労を生じさせること自体を筋力トレーニング方法と称しているのか,そ
れ以外の何らかのトレーニングをすることを必須としているかも不明確であると主
張する。
本件発明の筋力トレーニング方法が,緊締具を用いて更にトレーニングを行うこ
とを前提にしていることは,発明の詳細な説明から明らかであり(本件訂正明細書
の【0004】【0017】【図1】参照),そのような方法であるか否かが不明確で
あるということはない。本件発明1は,そのうち,締結具によって筋肉への血流を
止めることなく阻害し,これによって筋肉に疲労を生じさせるとの部分を特許請求
の範囲に掲げたものと理解される。どのようなトレーニングがされるかは,トレー
ニングの態様,対象者,対象部位等に応じて異なる上に,単なる技術常識の適用に
すぎないことは自明であり,本件発明の筋力トレーニング方法を技術的に特徴付け
るものではない。したがって,そのような事項は,本件発明の必須の要件ではない。
3) 以上のとおり,原告の主張は,いずれも採用することができない。
(3) 小括
以上から,本件発明1の特許請求の範囲の記載は,旧特許法36条5項2号の要
件を満たすと認められる。
◆判決本文