経緯は以下の通りです。韓国における独占実施契約がなされました。ところが、国際出願について韓国における国内移行がなされていませんでした。裁判所は、契約の前提となる特許出願がなされていないことが、不法行為に該当するとして、損害賠償が認められました。なお、原審(H26(ワ)10203大阪地判)はアップされていません。
以下によれば,敬晴会は,甲1契約の締結に当たり,信義則上,被控訴人に対し,
甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるか否かに関する情報を調査・
提供する義務(以下「本件情報提供義務」という。)を負うものと解される。
(ア) 前記1のとおり,甲1契約は,敬晴会が,被控訴人に対し,韓国において本
件皮膚再生医療技術を独占的に展開するために必要なノウハウ及び情報等を提供す
るとともに,必要な知的財産権の実施を許諾(再実施許諾)するというものである
から(第1条),実施許諾されるべき必要な知的財産権は,韓国において本件皮膚再
生医療技術を独占的に実施するために必要なものを指すと解される。
そして,甲1契約において,第1条を受けた第2条に甲2発明が挙げられている
のであるから,甲2発明が上記の実施許諾されるべき必要な知的財産に含まれるこ
とは,明らかである。さらに,甲2発明は,甲1契約において具体的に挙げられた
唯一の発明である上,本件皮膚再生医療技術に用いられる皮膚組織改善材等に係る
ものであって,その内容(甲7の8参照)に照らしても,本件皮膚再生医療技術の
実施に当たり,当然に必要となるものと認められる。
そうすると,甲1契約の趣旨及び甲2発明の内容に照らし,韓国において,本件
ノウハウのみならず,甲2発明に係る技術を独占的に実施することができることは,
甲1契約の当然の前提であると解される。
(イ) そして,韓国における甲2発明に係る技術の独占的な実施は,同国において
甲2発明に係る特許権を取得することによって,可能となるものである。また,甲1契約の第2条には,「本基本契約において,『本件特許権等』とは,下記の特許権
及び甲(判決注・敬晴会)が今後所有権ないし実施権を取得する皮膚再生医療に関
する特許権のすべてを指す。」と記載された上で,甲2発明の出願番号が挙げられて
おり,同記載内容から,甲2発明は,韓国において特許登録がされ得るものと理解
することができる。さらに,そもそも韓国において甲2発明に係る特許権を取得し
得ないことが明らかなのであれば,甲1契約によって同国における甲2発明の実施
の許諾を得る必要はない。
以上によれば,甲1契約は,甲2発明につき,韓国において特許取得のための手
続が採られ,特許登録がされる可能性のあるものであり,特許登録がされた場合には,被控訴人においてその独占的実施許諾を受けられることを前提としていたもの
と認められる。
そうすると,甲2発明が,韓国において特許登録され得るものかどうかに係る情
報(例えば,韓国における審査の進捗状況など)は,甲1契約の独占的実施の対象
となる権利に関するものであり,契約の重要な部分に当たるものであって,被控訴
人が甲1契約を締結するか否かを判断するに当たって必要とする情報であったもの
ということができる。
(ウ) 一方,敬晴会は,甲1契約上,本件皮膚再生医療技術に関し,甲2発明を含
む名古屋大学が有する特許権に係る発明について,被控訴人に対し,再実施許諾を
する立場にある。そうすると,甲2発明が韓国において特許登録され得るものであ
るか否かは,甲1契約の対象となる独占的実施権に関する重要な情報であるから,
再実施許諾をする者としては,契約の相手方である被控訴人に対し,信義則上,上
記重要な情報を調査・提供する義務を負うものというべきである。
イ 敬晴会の本件情報提供義務違反について
前記1の認定事実によれば,名古屋大学が,本件国際特許出願につき,指定国と
していた韓国において特許協力条約22条及び39条所定の期間内に国内移行手続
を行わなかったことから,同24条により,本件国際特許出願の効果は,韓国にお
ける国内出願の取下げの効果と同一の効果をもって消滅し,甲2発明は,甲1契約
締結当時,既に韓国において特許登録を受けることができなくなっていた。
しかし,敬晴会は,これを代表する理事長である控訴人において,甲1契約の締結に当たり,上記のとおり甲2発明が韓国において特許登録を受けることができな
くなっていたという事実を被控訴人に伝えなかったのであり,過失により,本件情
報提供義務を怠ったものと認められる。
そして,前記1の認定事実及び被控訴人代表者の供述(乙5)によれば,被控訴人は,1)名古屋大学が,同大学において開発した甲2発明を含む本件皮膚再生医療
技術につき,韓国内において独占的な権利を有し,あるいは,そのような権利を取
得するための手続を採り得る立場にあること及び2)敬晴会が,本件皮膚再生医療技
術に係る再実施許諾権を有しており,被控訴人に対して再実施許諾をすることを前
提として,甲1契約を締結したのであり,上記のとおり,甲2発明は,韓国におい
て特許登録を受けることができなくなっていた事実を知っていれば,甲1契約を締
結しなかったものと認められる。
以上によれば,敬晴会が過失により本件情報提供義務を怠り,上記事実を被控訴
人に伝えなかった結果,被控訴人は,甲1契約を締結するに至ったものであるから,
敬晴会は,本件情報提供義務違反により,被控訴人に生じた損害を賠償する義務を
負う。
◆判決本文